きらっと★ユメミタビ

人生にもっと輝きを。旅、料理、読書、ものづくりなど、日々の体験や想いを綴ります。

手放して、進む。

次のステージに移ると決めて
今のステージにさよならをする時には
淋しいという感情がいつもそばにある。

人生3回目のお引越し。

1回目は実家を出てはじめて一人暮らしをしたとき。
(これはとてつもなく淋しかった(><))

2回目は社会人になったとき。
大学生活をともにした友人や街や大学から
離れる淋しさがあった。

そして3回目。
自分の行きたい方向へ進むために、
居心地のよいお部屋や職場を
思い出の染み込んだモノたちを、手放す。
「ありがとう」する。

早く引っ越したいと思っていたのに、
いざその瞬間が迫ってくると、
思い出が蘇り、淋しさが募ってくる。

お部屋やモノという目に見えるものだけでなく、
今いる空間というか雰囲気というか
そういった包まれているものに対する
淋しさも感じられる。

だれかとともに過ごした場所というのは
温かくて特別なのかもしれない。


さぁ、未来の心地よい空間の方へ
歩きだそう!

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緩ませて浮かばせて受け入れる

最近、言語化がうまくいってない。
心の中で〝 モヤモヤ〟や〝 ムシャクシャ〟
が渦巻いているのだけれど、
その正体がわからず、言葉にして外へ出せない。

だからそんな時は、そっと目を閉じて
静かにゆっくりと呼吸を整える。

雑念がなかなか消えないときもあるけれど、
それはそれで、
今の自分はこういう状態なんだと
受け入れる(諦める)。

早くこの〝モヤモヤ 〟や〝 ムシャクシャ〟の
答えが欲しいけれど、
「なぁーんだ、そうだったんだー」と
答えは大抵忘れた頃に
ふとした瞬間にやってくるもの。

それは心と身体が緩んでいるときに
受け取りやすいような気がする。



「めんどくさーいっ!!!」って
ムシャクシャするようなことが昨夜あって
(それはほんの些細なことなのだけれど)
とりあえず放置して寝て(笑)
今朝、ゆっくりと呼吸法を行った。

すると、辺りが静かになって
心身も穏やかになって、
「あ、めんどくさいこと私もしてたわ」
と気づく。

自分がほかの人に対してしていた
めんどくさいことが
変化球となって別の方面から
自分に返ってきていた。
ただ、それだけだった。

反省、反省(笑)

今後、自分に困ったことがあった際の
行動のパターンを変えよう。

相談や質問するのは大事だけれど、
問題の重要度のレベルに応じて、
「どうすればうまくいくか?」
を自分でも考えてみて
試してみよう。
もちろん深刻な時は、相談は必要だけど。


いつでもどこでも
心身を簡単に緩ませることができる呼吸法。
答えがわからない時は、
答えを探そうとするのではなく、
自分の状態を整える方が先かもしれない。

緩ませ方は、自分が心地いいことなら、
呼吸法以外でもいいのだけどね。

融合

今までバラバラだった
「会社での私」
「家族の前での私」
「プライベートな私」
3つの私が融合した、そんな瞬間だった。


会社での私は常識人。
学校での優等生がそのまま大人になったような感じで、
計画をきちんと立てて、
求めれることを完璧を目指して遂行する。
それぞれの立場からいろんな意見があることを分かって、
時と場合、相手に応じてブナンナコトを発する。
自分のホンネは胸にしまう。


家族の前での私は隠れんぼう。
なんとなーく、全部見せるのが恥ずかしくて、
怖くて、全部は話さない。
恋バナなんてほとんどしたことない(笑)
たまには将来のこととかの相談をしたりするけれど、
やはり世代のせいか価値観が違って、
結局、自分の本心とは違うところへ行ってしまう。
自分で選ぶ、自分で決める、ということが大事で、
その繰り返しが行きたい方向への近道だ
と気づいたのが大人になって少し経ってから。


プライベートな私はありのまま。
ぼーっとゆったり、おだやかに。
食べることや旅をすること、本を読むことが好き。
大切な人たちと集まって過ごせる時間がいとおしい。
ワクワクするイベントや計画、未来に心弾ませる。


本当は、いつも自分を解放して、
プライベートな自分のままでいたいのだけど、
相手や場面に合わせて、
「○○用の私」と使い分けてしまっていた。


でも、夢を一つ叶えた瞬間、
勝手に周りからの理解が生じて、
バラバラだった私が融合した。

はじめてのマルシェ出店の際に、
会社の仲間や家族がわざわざ遊びに来てくれた。


今まで、
「どうせプライベートな自分は、
一部の人にしか理解してもらえないから…」
と勝手に自分で決めつけて、
否定されて傷つくのが嫌で、
押し込んでしまっていた。


意外と世界はシンプルで優しいのかもしれない。
「これが私です!」と割り切って、
自分を自由に表して、
覚悟を決めてやりたいことへ向かってったら、
ありがたく頼もしくも理解者が増えたのだから。


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友達の画家さんが送ってくれた素敵なイラスト。

応援者

またひとつ夢が叶った。
「マルシェに出店する」という夢。

こんなにも早く出ることになると思ってなくて、
お話が舞い込んできたときには
「え!いいのっ!?」って思った。

なにせ、美味しいと思えるパンを
ちゃんと焼けるようになったのは
今年の5月頃からで、
それ以前の2年間くらいは、
発酵がうまくいかず膨らみが少ない
パンモドキになってしまうことが多かったからだ。

変われたきっかけ、
美味しいパンを焼けるようになったきっかけは
「今変わらなくて、いつ変わるんだ!」
と本気で強く思ったから。

そして本気で取り組む手段として
「自家製酵母パン」を選んで、
orangerieのMIKA先生という
素晴らしい先生と出会うことができた。

パン教室はオンラインで習っていて
実はMIKA先生とは
まだ1度もお会いしたことがない(笑)
でも文面から先生のお人柄や想いが伝わってきて
申込時にはドキドキしたけど、
この方だったらついて行きたいな〜って信じられた。


それからはパンが美味しく焼けるだけで嬉しくて、
ご飯を炊くようにパンを焼けるようになって、
友人にパンをプレゼントしたら喜んでもらえて、
毎週のようにパンを焼いて販売できる機会をいただいて、
なんと夢だったマルシェ出店も叶っちゃった!?(笑)


振り返ってみると、
変わる決意をする前と後では
世界がまるで違う。


もちろんMIKA先生の魔法のような
オンラインパン教室のお力も大きい。


マルシェ出店は、
忙しくてちょっとしたミスや
要改善点もあったりして
まだまだ完璧とは言えないけれど、
今できることをやって、
今後の課題も新たに見えて、
充実しててお勉強になった。

遊びにいくだけでは見えない、
チャレンジしてみたからこそ見えたこと。


そして、
マルシェ当日にパンを買いに来てくださった方々、
SNS等で見てくださった方々、
製造や販売をお手伝いしてくださった仲間たち、
などなど、
今まで見えていなかった
多くの応援者の存在を感じられました。


最近、マルシェの成功と比較しすぎるがあまり、
利益や効率、お店への負担などを気にして
弱気になっていたのだけど、
もっとガンガンに攻めて、

◎大切な人たちに
パンを喜んで美味しく食べていただく

という当初の目的に帰って、
そのためにどうしたいか?
という風に進んでいかないと、ですね!


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▼orangerie MIKA先生のパン教室についてはコチラ
http://orangerie-brave.com/

マインドを切り替えたら、 心が馴染んできた

環境が変わった当初、
マインドの切り替えが上手いことできてなくて、
心身がすごく疲れていた。
常に眠たくて、ヒマがあったら仮眠をとって、
なにかを考える余裕がなかった。

その頃のマインドは
「こうあるべき」とか
「こうしないといけない」とか
「これだけ頑張ってるんだから、
見返りに同じくらいないと不満」とか
そういった
【自分勝手なギブアンドテイク】
のマインド。

自分がgive(与える)ものは、
自分の中の正義感に基づいて、
勝手にやっていて、
与えるというよりは、
放り投げる感じだったかもしれない。

自分がtake(貰う)されたいと思っていたものは、
自分の働きに対する労いの言葉だったり、
自分がしていることへの協力だったり、
あとはただ単純に休める時間だったり。

今思えば本当に
「自分勝手な」というところがしっくりくる。
日本的に言い換えれば、
ちょっと「ありがた迷惑」的なところも
あったかもしれない。

はたして自分がgiveしたものは、
相手が求めていることだったか?



とある夜に、
ミーティングで話した内容や
学生時代のバイト先の大将のお話、
数年前に読んだ本の内容が
頭の中で結びついて、
マインドが切り替わった。


【丁稚奉公マインド】をもって、
求められること(大切なこと)を行って、
仲間から学ぼうと決めた。
疑問やモヤモヤはすぐに相談して、
できることを少しずつやっていこうと決めた。


マインドを切り替えたら、
心が疲れにくくなって、
新たな環境に馴染んできたf:id:kirarin87suke:20200927151018j:plain

おきなわとくらす宿 間流 にて最高のおうち時間♡

行きたい所へ会いたい人に会いに行こう!企画第二弾!!(笑)
おきなわとくらす宿 間流 maruさんへ。

(第一弾は実はこのときでした笑)
https://kirarin87suke.hatenablog.com/entry/2020/07/13/215056
逢うための旅【Lacoma暮らし体験ハウス】


間流さんは、恩納村の少し小高いところにあって、
3階建ての綺麗で立派な建物。

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小物やインテリアもセンス光るおしゃれ空間!


中へ足を踏み入れると
オーシャンブルーを独り占め♡
壁一面の窓に広がる絶景に心奪われます。

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海が綺麗すぎて全部持ってかれそうになるけど、
間流さんの素敵ポイントはまだまだたくさん♪

絶品沖縄ビーガン料理に、

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可愛い沖縄の焼物「やちむん」や
美しい琉球ガラスたちに

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身体に優しいデトックスウォーターや手作りアメニティたち♡

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そうそう、今回は特別に私のワガママに応えていただき、石鹸作り体験もさせてもらっちゃいました!

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お菓子づくりみたいで楽しい♪

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できあがりもケーキみたいで美味しそう♪♪

この手作り石鹸、オイルやお塩、モリンガパウダーなど、ほとんど食べられるもので構成されているので、身体にも優しいのですっ!
※化学反応を起こして形にさせるために、苛性ソーダという激物を使用します。時間を経て寝かせて完成すると無害なものになりますが、作業中は換気や触らないようにするなど取り扱い注意です。


オーナーの美理(みさと)さんとは、
オンラインでは繋がっていてお話したことはあったけど、
リアルで会うのは実はこれが初めて。
お会いできるのが本当に本当に楽しみでした!
オンライン美理さんそのまんまで
リアル美理さんとのギャップはほとんどなかった(笑)


私の中の美理さんのイメージは、
優しくて気配りができて、
お料理やお裁縫など色んなことがお上手で、

でも、頑張り屋さん、ストイックで、
「これでいいのかな?大丈夫かな?」
って悩みながら、素直に人間らしく
成長していかれてる方。


美理さんは私からしたら、
ゲストハウスを自分の力で経営されていて、
色んなものを作れて、
雲の上の存在のような方。

そんなすごい方なのに美理さん自身は、
自信がなくて悩まれることがたまにあって、
そんなすごい方でも悩まれることがあるんだーって知って、
なんだかもったいななぁ、と思う反面、
親近感が沸きました。


美理さんと実際にお会いして、お話を聞いて、
積み重ねてきた今までがあるから
今のすごい美理さんになってるんだと
改めて実感。


やった方がいい(と思い込んでいること)
をやるのではなく、
「やりたい」ことを「やる」。
自分が求めている方向へ、休んでもいいから、
少しずつ進み続ける、追求していく。

美理さんのように、
少しずつでも行きたい方向へ近づこうと、
私も覚悟を決めました。


間流さんは、
きれいでお洒落で清潔感があって
それだけで言ったら全く自分家ではないのだけれど、
不思議と安心感やゆったりリラックスできる雰囲気があって、
気づいたら海を眺めていつまでもぼーっとしてしまって・・・


この驚くほどのおうち感と居心地の良さは、
きっと美理さんがつくりだしているものなのです。



ここは沖縄の私のおうちで、みんなのおうちっ♡


ちょっぴり出発はさみしいけれど、

〝 いってきます 〟

また〝 ただいま 〟の日まで。


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どんなことでもみぃ〜んなマルっ◎


〜番外編〜
おそと時間もサイコーでしたっ♪

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▼おきなわとくらす宿 間流 maru さんについて詳しくはコチラ▼

https://www.maru-okinawa.com/

〝恐怖 〟 と共に生きる

実は私は「車の運転」が怖い。
でも免許も持ってるし、
普通に問題なく日常生活で運転をしています。

たぶん私のことを知ってる人なら
「え!?どういうこと???」
って混乱すると思う。
それくらい通常運転です笑

このことは1ヶ月前くらいまでは、
私の中で弱みで問題の一つで、
恥ずべきことで、
克服したいことで、
隠しておきたいことだった。

運転はあまり上手じゃないので
もともと苦手意識はあったものの
最初から運転が怖かった訳ではありません。

運転が怖くなってしまったのは、
3年くらい前から。

少し遠くまで友人と遊びに行って、
帰りが予定より遅くなって
「よし!頑張って帰るかっ!」って時に、
警報が出るほどの大雨が降っていて、
高速道路に入ってすぐに
真っ暗な恐怖で埋め尽くされた。

「夜暗くてすごい雨で前が全然見えない」
「後ろの車が煽ってる(ように感じた)」
「友達の命も預かってる」
「死にたくない」

血の気がさーっと引いて、
呼吸が早く浅くなって、
腕が硬直して動かなくなった。

どうにか必死で、
ハザードランプを点けて、
脇に停車して、
友人に手を握ってもらい、
少しだけ落ち着いて、
いちばん近い降り口で高速を降りた。

その後、彼に迎えに来てもらって、
心から安心して感謝した。

こんなこと初めてで、
まさか自分がこんな経験をすると思ってなくて、
どうしていいか分からなかった。


後に、こういう症状について調べてみると、
「パニック症」とかいうのが近そうだったけど、
なにかに当てはめられたとしても
解決方法が分からないと意味がない。


初めてこのように恐怖からくる
発作的なものを体験したのが約3年前。
この1回きりで終われば良かったのだけど、
それから程度の差はあれども、
少なくとも5回以上は経験してると思う。

あの怖い感覚をもう味わいたくないから、

・遠方への移動は公共交通機関を選ぶようにした
・雨の日の運転は避けるようにした
・運転前のカフェインも良くなかったかも?と思い、高速時のコーヒーは避けるようにした
・使い慣れない営業車の運転は避けるようにした

でもあの感覚を私はもう知ってしまってて、
あの感覚に陥りたくない、
なったらどうしようと心配するほどに、
その感覚はフラッシュバックしてくる。
(しかも運転中だから急に止まれない(泣))


私はずっとその恐怖から逃げてきた。
消してしまいたい、忘れてしまいたい、
と思っていた。
でも無理だった。


今年に入ってからなぜか
とある本を読み直してみよう
という気持ちなった。
あ、そうだ!腰が痛くなったからだ(笑)

今まで生理痛以外で腰痛になったことがなくて、
初めての2週間以上続く腰痛に
対処法が分からなくて困った。
(腰痛持ちの方の気持ちが少しわかりました)

幸いにも軽いうちに
休養やストレッチ等を始められたので、
今では腰痛になったことを忘れてしまっていたほど(笑)

行動に加えて、思考的にも大事な役割を担ったのがこの本▼
『 人生を変える幸せの腰痛学校』

https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AE%E8%85%B0%E7%97%9B%E5%AD%A6%E6%A0%A1-%E2%80%95%E5%BF%83%E3%82%92%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%80%E3%81%AE%E7%97%9B%E3%81%BF%E3%81%AF%E6%B6%88%E3%81%88%E3%82%8B-%E4%BC%8A%E8%97%A4-%E3%81%8B%E3%82%88%E3%81%93/dp/4833421992

この本は「痛み」に対する向き合い方について、
ストーリー仕立てでやさしく教えてくれます。
痛みも普通なら消し去ってしまいたくて、
イライラして辛くて悲しくて、
「悪」だと思われがちなもの。

でも痛みだって、自分の身体が発信してくれる
メッセージの一つで
それはなにかを伝えようしてくれている。


この本の最後の方で、
「あなたの腰痛物語」を書いてみましょう
というワークがあります。

私も本の登場人物の一人になったつもりで
「私の腰痛物語」と「私の恐怖症?の物語」を書いてみました。

【私の恐怖症物語】
●社会人2年目
営業車でお客様を送迎中に広めの溝に車輪を落とす。幸いにも怪我人はなかったが、車の左側をダメにする。
→当時、車の運転に自信がなかったにも関わらず、お仕事なのでしないといけないと勝手に思い込み、無理をした結果。

●同年秋?
後輩が鬱病になり、心配でお見舞いに通うようになる。本人は急にやってくる悪夢や恐怖、不安感の原因が分からず、またどうしていいか分からないと言う。
→話を聞いてあげることしかできず、なかなか解決に至れないもどかしさや自分の力不足さから、「その感覚を分かってあげたい、知りたい」と思ってしまう。

●翌年
友人と遊びに行った帰りに、とてつもない恐怖が襲いかかり、運転困難となる。(詳細はこの記事の最初の方に記載)
→初めての恐怖の発作。「あぁ、この感覚、知りたくなかった。」

●2〜3年間
なるべく運転時に不都合(と思われる)条件を避ける生活。ex)雨、体調不良、カフェイン、助手席に人を載せる、高速道路、トンネル、高いところ、溝、落ちそうなところ、一車線など
それでも恐怖の発作はランダムにやってくる。
→ひたすらに恐怖を隠そう、弾きだそう、追いやろう、打ち勝とう、消し去ってしまいたいと思っていた。でも「発作が起きたらどうしよう、二度となりたくない」と思う時ほどやってきた。(そうじゃないときもやってきたけど)

●翌年5月?
自分と内面と向き合うために日記をつけ始める。さらに、朝活に呼吸法を取り入れ始める。

●6月?
初めて2週間以上続く腰痛に苦しむ。
『 人生を変える幸せの腰痛学校』を読み直す。
→「痛み」に対する向き合い方が変わって、「え、ちょっとこれって、恐怖の方も同じかも!?」と気づく。

●7月初旬
今なら大丈夫な気がして、チャレンジしてみたい気がして、今までずっと避けてきた営業車を使って一人でお仕事に出かける。(しかも事故したのと同じ車)
その営業車に名前をつけて「よろしくね」と話しかけながら行ったら、結構頼もしくて驚いた。長年事故や恐怖の一因をその子のせいにし続けてきたけど、実はすごく運転しやすくていい子だった(笑)「ごめんね、ありがとう」って伝えてあげた。
行きは思いのほかスムーズに行けたものの、帰りは雨!軽い発作が戻ってきてしまった。でも面白いことにワイパーが呼吸法の時に使っているメトロノームのように見えてきて、そのまま呼吸法をやってみたら、通常に戻れた。助かった。

●7月下旬
和歌山に長年どうしても行きたかったところがあって、久々に一人旅。当初は車を使わずに公共交通機関で行くつもりだったけど、やっぱりもっとワクワクできる方法で行きたくなった。見知らぬ土地で車を走らせるのは不安だったしトンネルも多くて長かったけど、4〜5時間問題なく運転できた。和歌山の道は優しかった。しかも、コーヒー飲んでも問題なくて、原因に全く関係なかったことが判明(笑)


その後、営業車をつかう機会がもう一度あったけれど、その時には全くなにも起こらず、スムーズに気持ちよく運転できたくらいだ。

恐怖と戦っていたときは、
「なったらどうしよう!なりたくない!」
という風に、目を背けて逃げてきた。
自分の内面の声を聞いていなかった。

だけど今では
「なってもならなくてもどっちでもいい。
なったときは呼吸法で元に戻ればいい。
内面の声を届けてくれてありがとう。」
という風に、ともに生きていくスタンス。


経験せずに済むのなら、
知らずに済むのなら、
それでいいことなのかもしれない。

でも私は「知りたい」と軽々しく願ってしまい、
普通の幸せな日常生活の合間合間で苦しんだ。

これが〝 恐怖〟が教えてくれた私の物語。


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