きらっと★ユメミタビ

人生にもっと輝きを。旅、料理、読書、ものづくりなど、日々の体験や想いを綴ります。

自分フィルター

先日、「シフトチェンジのコツ」というテーマで
オンラインホームでライブ対談をさせてもらった。

後からその配信を聴き直してみると、
一緒に話してくれている相手の声はもちろん、
話している自分自身の声も
聴いていて心地よかった。
リラックスしていて、自然体で、
良く見せようとしてなくて、
ありのままの自分だった。

対談のペースは結構ゆっくりで、
気まずくない、
自然な感じの間がたっぷりあった。

じっくりと感じて、
自分というフィルターの中を
きちんとしみ渡らせて
しっくりくる言葉を引き出すための
時間があった。

話している内容や答えている内容は
本当に平凡なことだらけ。
だれにでもできることを
小さなことから色々とやってみて、
それを積み重ねていったら、
徐々にシフトチェンジできたよ、
結果としてこうなれたよ、
といったお話。

その小さなワクワクを積み重ねながら、
自分自身と向き合っていく過程の中で、
自分の中では大きな事件もあったんだよ、
ってことまで津々浦々と。
とはいえ、死にゃあせんことなんだけど(笑)


「なにか」があったとき、
その「なにか」は自分というフィルターを通る。

スっとかすって出ていくのか、
中に溜まっているのに気づかないフリをするのか、
溜まりすぎて中の様子を分からなくしてしまうのか…


「書く」ことは、自分の内面と向き合うために
最も有効な手段のひとつだ。

書くことで、なにかがあった、ということを
知らんぷりしないようにする。

書くことで、「なにか」に対して、
「私」がどう感じているのか、
を正直に見る。

書くことで、自分の中の
心の揺れを感じながら、
心地よい方へ行けるようにと
未来を切り拓いてゆく。



半年以上前にも同じような
ライブ対談をさせていただいたことがあった。
その時は、「やめる」ことについて、
質問して色んな回答やアドバイスをいただいた。

すごく好きなことや気が乗ることではないけど、
嫌なわけではない。
そういったことをどうしたらいいか?
やめるべきか、切り離すべきか?
どういった基準で?
といった感じで。

▼その時の記事はコチラ▼
気持ちは判断基準になる!シフトチェンジ★
https://kirarin87suke.hatenablog.com/entry/2020/06/21/223802


あの頃の自分と比べてどうなのか?
あの頃の自分はどう考えてたのか?
ということが気になって、
こちらも続けて聴き直してみた。


最近のライブ対談が
心地よく聴けたのと正反対で、
こちらは聴いていて
恥ずかしすぎて地獄だった。
ひとりで赤面。
イヤホンを外したくなった。
(というか最後までは聴けず外した笑)


なんだろう?
自分自身の笑い声が気に障って、
笑って誤魔化すんじゃないよって。

物分りの良すぎる
「わかりました」や「はい」がたくさん聴こえて、
本当にスッキリしたの?って。

せっかく教えていただいたことを
「それってこういうことですか?」
「聞いたことある!経験したことある!知ってる!」
と自分流のアレンジを加えて、
そのまま受け入れてなくて。


私という存在をすごいと思われたくて、
良く見せようとしていた。


良く見せるための私という
トンネルみたいな大きな抜け穴があって、
起こった物事に対する
「私」はどう感じてるのか?が希薄で、
物事はほぼ素通り状態だった。



コーヒーをいれるときに
最初にちょっと蒸らしてから

ポタ

ポタ

ポタ



とゆっくり時間をかけて
入れる方が美味しいように、


自分いうフィルターも
物事がおいしくなるための時間が
必要なのかもしれない。








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