今この瞬間
「3日前からごはんも水も口にしないの。」
ある日、母よりメールが届いた。
実家で長いこと飼っている猫のことだ。
もうすぐ16歳になるおばあちゃん猫だ(人間だと80歳くらいだろうか?)。
うちの猫の楽しみと言ったら、寝ることと食べることくらい。私がエサをあげた後に、母にまだエサをもらってないフリをして、2倍食べようと企てるほどだ。
そんなうちの猫がエサを食べないのはよっぽどだ。
思わず最悪の結末が頭をよぎる。
ーーー帰ろう。
生きている猫に会いに。
あの感触を、あの匂いを。
妹たちも一緒に帰省した。
実家でみんなで暮らしていた時は、まだみんな子どもだった。
なんだか、大人になってからきちんと色んな話ができることが不思議で、楽しくて嬉しかった。
少し前まで一つ屋根の下で暮らしていた姉妹といえども、一人ひとりの生活が、人生が、考えが、ある。
実家にいた頃は、お互いに同じような生活をし、同じような世界の中で生きていたけれど、順々に巣立ってゆき、新しい場所で新しい人達と新しい生活を始める。「ああ、みんな、色んなことをして、色んなことを考えて、年月が過ぎてゆくのね」と面白い。
「ただいまー」
母は外出中。でもスリッパがしっかり3足用意してある。みんなで帰ってくることを見越していたのだろうか?
ーーー居る。
布団にくるまっている。
生きている。存在している。
ただ、それだけで、「ありがとう」と思う。
ただ、それだけで、なんだか笑えてきた。
そのまま、みんなで一緒に眠った。
静かで、心から安心し、幸せなお昼寝。
唐突に母が帰ってきた。
暑い、暑いとやたら連呼し、バタバタしている。
変わらない、いつも通りの母だ。
みんなで遅めのお昼を食べる。
ご飯とサラダと鮭の塩焼き。
サラダはボウルから各人の好きなだけ。
それから撮影大会が始まる。
今この瞬間を残すために。
(しんどい猫にとっては迷惑な話だが…)
猫、逃走。そして、暴走。
悪いこと(怒られるようなこと)をした後に、暴走する癖がある。
あまり綺麗な話ではないため、詳細は伏せておく。
出るものは出たようだし、まあ良かったね、と。
実家にいた頃のなんでもない日常。
今となっては懐かしい日常。
今は「今この瞬間」しかないとわかると、
全てがいとおしい。
【後日談】
母より、猫がエサを食べるようになったとの連絡がありました。少しずつ快方に向かっているようで安心。